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伝えるということ

個展、「にわ」も終盤。

今回も展示のおかげで

人に出会えて、言葉を交わせた。

展示できて良かったとこころから

思っている。


店長やスタッフのみんなに感謝。


今日は特に感じることが強くて

バイトとバイトの間に上島珈琲で

あたたかいミルク紅茶を飲みながら

持って歩いていた、「高山ふとんシネマ」を開いた。解説のページをめがけて。


何回も木皿泉さんのこの解説で泣いている。

今日はどうしてもこれが読みたかった。

持って来ていたことも忘れていて、

ふと思い出したら手元に偶然あった、そんな感じだった。


どうしても、私はこれを何度も思い出したいと思っている。


伝えることは、たやすいことではない。

気を抜けば、簡単に

うまくまとめられる。完結させられる。

格好つけられる。


名前をつけられる感情は

どれほどあるのだろう。


高山なおみさんの文章は、

上手、という表現には近しくない。

手に例えたなら

少しゴツゴツした

乾きぎみで

不器用そうな

爪は丁寧に切られた

男性の、それ に近い気がする。


高山さんは

その手で、

土を直に

すくいとる。

いっしょうけんめいに、

土の砂の形一粒一粒に

思いを込めながら。



きれいなお椀形の手 だ。


私はそんな人が、好きだ。


掬いとる

きれいなお椀形の手は、

私の願望。


目をこらして、

不確かなものを

まさぐる。


野生にもどる。



わからないものを

わからないと言えることは素敵だと思うし

どんな感情であれ

それが沸いたことを見てあげていたい


これは命を賭けた闘い。


潰れずに、へこたれずに

投げやりにならずに


見えないものを

紡いでいく 作業。







(です、ます口調だとどうしても書きにくかったので今回は日記風。)