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あまい。

 

今年の3月の終わり。

私は毎日お菓子を作らずにいられなくなった。

 

簡単にできるレシピをネットで検索し、ただひたすらに作った。

「お菓子」という甘くて柔らかな単語と裏腹に、

私は怒り狂ったような調子で一つ一つの工程をこなした。

粉が少しこぼれただけでイライラし、

順調に進んでいるとヒヤヒヤした。いつどこで失敗するのやら。

腕がくたびれる程に力を使って泡立てた。ひとまぜ入魂、というよりも

ものすごくマイナスな感情でお菓子を作っていた。でも真剣だった。

 

そんな時に蔦屋書店で買ったのが「まいにちおやつ」という本だ。

 

私は失敗しないお菓子作りがしたかった。

「初めてでも失敗しない51のレシピ」という副題は

そんな私のニーズを叶えていたのだった。

 

買ってからしばらくは噛り付くように本を読んだ。

毎晩、読んだ。レシピの本なのにここまで集中できる自分に驚いた。

各ページの美味しそうで幸せそうな写真に見入っては、

横のレシピを隅々まで読む。材料を入念にチェックする。家にあるものでできるかどうか。

何を買わなければいけないのか。

お菓子で言えば「プレーン」のような簡素で品のある書体は

ぐんぐん私をとりこにしたし、なかしまさんのおやつの紹介の文は

惹きつけられるもの-プロだから知っていることを、気軽に教えてくれる感じ-があって

ぐいぐい興奮しながら読んだ。

 

 

お菓子作りは明確だった。

ほんの少しでも手抜きをしたり、工程を省いたりすると

完成したときにもろに表れる。

その都度、自分の何が悪かったかが分かる。

材料は、しゃべらないけれど

完成したケーキは無言で私に訴えてきた。

「あのときのあれが原因で、今こうなった。」

一つ一つを丁寧に、こなすだけじゃなく心を込めると、

生地は反応を起こすのだった。

出来上がった濃密なふわふわのスポンジには

暫し見とれてしまうほどの魅力が詰まっていたし、

食べるとそれは、甘くて。

どうしたってにやつかずにいられない。

 

私は、その単純で明快な「お菓子作り」に安心していたのだと思う。

レシピ通り確実にやれば、おいしいお菓子ができる。

どうなってしまうか分からない仕事のことで、不安になるのをやめられない時期だった。

目の前の作業に没頭することは、私をささやかな安心で守った。

 

「甘いって大事なこと」

「まいにちおやつ」には、なかしましほさんのコラムがいくつか載っている。

 

 

-市販の上等なおやつはきっぱりと甘い。

でもその甘さにはわけがあって、

おやつをやわらかくしたり、焼き色をつけたり、日持ちをさせたり、

何より適量で満足できる、潔さがあると気づいたのです。-

 

 

厳しさだって、甘さだって、きっぱりしていたら気持ちよくいられる。

私が求めていたのは、はっきりした甘さだったかもしれない。

 

不安も怒りも悲しみすらもひとえに救ってくれるような、甘さを、

今もお菓子作りに学んでいるのかもしれない。

 

 

「まいにちおやつ-初めてでも失敗しない51のレシピ-/ なかしましほ」