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私のキッチン。

 

どうしてなんだろう、と思う。

どうしても人に何かを伝えなきゃいけない、そういう使命を持った人がこの世には存在していて、

鋭く感じるすべて全てを、渾身の力で

プラスティックでレモンの汁をぎゅーっと絞るように

出して、出して、出し尽くして

みんな、それでも死んでゆく。

 

私は一体どっちなんだろう。

 

 

「キッチン」を人生で二回目、読んだ。

感、感、感。よしもとさんは一体どうやって生きているのだろう。

こんなに全部全部、背負ってしまう人がいるのなら、

私なんてたやすく生き抜けるのかもしれない。

 

少し長く切り取るが、一番好きな箇所を。

 

 

「彼女たちは幸せを生きている。どんなに学んでもその幸せの域を出ないように教育さ

れている。たぶん、あたたかな両親に。そして本当に楽しいことを、知りはしない。ど

ちらがいいのかなんて、人は選べない。その人はその人を生きるようにできている。幸

福とは、自分が実はひとりだということを、なるべく感じなくていい人生だ。私も、そ

ういうのいいな、と思う。エプロンをして花のように笑い、料理を習い、精一杯悩んだ

り迷ったりしながら恋をして嫁いでゆく。そういうの、すてきだな、と思う。美しくて

やさしい。ことにひどく疲れていたり、ふきでものができたり、淋しい夜に電話をかけ

まくっても友人がみんな出払っていたりする時、生まれも育ちもなにもかも、私は自分

の人生を嫌悪する。すべてを後悔してしまう。

でもあの至福の夏の、あの台所で。

 私はヤケドも切り傷も少しもこわくなかったし、徹夜もつらくなかった。毎日、明日

が来てまたチャレンジできるのが楽しみでぞくぞくした。手順を暗記するほど作ったキ

ャロットケーキには私の魂のかけらが入ってしまったし、スーパーで見つけた真っ赤な

トマトを私は命がけで好きだった。」

 

 

・・・こんなに長く引用していいのかしら。ごめんなさい。

 

「幸福」という言葉はきらきらしている。

だからどうしても手に負えないと思ってしまう時がある。

自分の考え方が暗いからいけないんだな、と思って

ポジティブになろうとしたり

楽しいことを必死で考えようとしたり

それだって十分に無理をしているのに。

 

でも、もうたくさんだ。

 

ポジティブとか前向きとか、私は信用しない。

ぜんぜん信用できない。

自分の人生がうまくいっているか、そんなことで判断しない。

 

 

「手順を暗記するほど作ったキャロットケーキには私の魂のかけらが入ってしまったし、

スーパーで見つけた真っ赤なトマトを私は命がけで好きだった。」

 

 

暗い泥の淵に光るシーグラスみたいに透明で、

だけどもう底の底まで潜ってしまったような

すべて分かってしまった絶望と、だけどハッとした時に

想像を超えたものを感じ取る そんな

そんな文章を読むことが、私は命がけで好きだ。

 

30周年、おめでとうございます。

40周年も、50周年も、生きてお祝いします。

 

 

 

「キッチン/よしもとばなな」